杜のことづて

2014/1/22

杜のことづて

心からの願い~心願成就をめぐって~

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 神社は本質的に地域の共同の祭りの場としての性格を強く持つため、昔から個人の願は様々に多かったはずですが、個人の祈願は今よりは控えられていたと思います。また以前の人々の心は家族と、地域と充分繋がっていたために、個人のみが強調されることも少なく、とりたてて「私の願い」を強調することも少なかったのでしょう。私達の生活が農業等地域共同で行う生業から個々人の生業に変わってきたことなどから、現代は共同よりも「個人」がまず強調される時代、神社も人々の多種多様な願い(心)に向き合うこととなりました。


 今年社頭に掲げた「心願成就(しんがんじょうじゅ)」とは、いつも心に深く願っていることが叶うことです。いつも心に願っているということは、すぐ容易には成就できないということです。しかし、努力を重ねてでも成就したい深い願いがあります。その成就には時機、巡り合わせといった運も関わってきます。ですから神様にもお願いして願いの成就を期す、これが神社で斎行している心願成就の祈祷です。
  
 いつも願っていれば、良い時機を捉えることも可能になるでしょうし努力にも身が入ります。願の持続はそれを成就させるための大きな力になるはずです。神様にもきっと良き運を添えられ、後押ししていただけるでしょう。

 心からの願いということで思い出すのは、宮沢賢治のあの有名な「雨ニモマケズ」です。37才で亡くなる少し前に闘病のなかで手帳に記された心願です。「雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル・・・アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ・・・東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ・・・サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」(・・・は省略部分)、ということは、望みの「デクノボー」に最後までなれなかったのでしょうか。(しかしこのデクノボーとは人間を越えた存在に違いありません。) たぶん賢治は常日頃から本当にそう願っていたのだと思います。そして日頃からのその心願が賢治の原動力となって、賢治自身や作品群を育んできたということだと思います。

  
 心とはとても範囲の広い言葉です。一般的には「こごる」から起こったとされます。つまり心身の様々な要素が凝集されてできるものの意です。広辞苑には「①知識・感情・意志の総体。意識。精神。・・②おもわく。考。③工夫。趣向。④思。心ばせ。⑤魂。⑥思いやり。なさけ。⑦気持。心持。⑧あだしごころ。ふたごころ。⑨むなさき。胸。⑩おもむき。風情。⑪意味。ことわけ。⑫物の中心。⑬情趣を解する感性。」とあり、用例は三ページに及びます。また古語では、心のことをウラとも言いますが、外面の表に対して心はその裏側に隠されているのでウラというわけです。神楽舞の一つに浦安の舞がありますが、ウラ安は心安らかという意味です。心寂しいことをうら寂しいとも言います。尚、「心」の語義、意味内容については、ここまででとどめます。


 ところで心とは一体どこにあるのでしょう。心という漢字は心臓の形に起源すると言われます。胸の辺りを押さえるポーズもありますが、心臓付近にだけ心があるわけではないでしょう。また人は脳によって考えているといっても、脳だけに心があるとも考えられません。心には体全体の生理も関わっています。激しい痛みのある時私達の心は穏やかではありません。
 
 美しい風景に接したり楽しい会話に加わったりする時、心は明るくなりますし、避けたいことに面するときには暗くもなります。さらに私達の心は、自分自身に留まってはいません。私達が何かに興味を持って遊んだり学んだりしている時、心はその何かに向かっていきます。まさに心指していきます。その何かと心は結びついて(同一化して)、心は広く深く開かれていきます。逆に、心のその志向性を失えば心は閉ざされてしまうのでしょう。

 賢治の童話「やまなし」や「雪渡り」には、賢治の心が川底の蟹の親子、また雪原の子供やきつねに同一化して、透き通るような世界が開かれていますが、ここでは心が志向していくというより、賢治の心は蟹や子供に憑依しているようです。(憑きものに囚われる状況の逆、対極です。)

 どうも、私達の心とは、自分自身の中にあるものというより、世界との間を往き来するもののようです。自身の志向性が世界へ向かう時の心と、自身の志向性が世界に圧迫される時の心とが両極にあるようです。心願とは自身が心指して良い状況に向かうことですから、心願を持たれる方の心は、きっと開かれ深まってゆくはずです。

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